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障害者福祉について [てちょうのよはく]

もともとそんなに興味はなかったのですが必要があって最近障害者福祉について学習しています。
と言っても系統的にやってるんではなく適当に本を読んだりネットで調べたりしてランダムに学んでるだけなんですけど。
で、思うのですが、障害のある人について考えるということは「人間」について考えることと等しいのではないかと。
まあ、それはいろいろあるんですけど、それはさておき、学問としてもけっこう刺激があっておもしろいと思うのです。
学習する必要がなくなってもそのまま続けていたいとも思いますし、人に関するさまざまなことを考えてる人は「障害」というものについて考えていくのは無駄ではないというか、むしろ必要なことではないかと思ったりしています。

今日は妙にネットが重いです。
アプリかなにかが悪いことしてるんではなかろうかというおそれ。
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タイムトラベルについて [かすかにさいえんす]

なんの脈絡もなく、タイムトラベルのことを、なんとなく考えていた。
もしかしたら数日前の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」関係のイベントのニュースがきっかけやったかも。デロリアンがやってきたというイベント。

SFなんかではよくある設定なんやけど、なんとなくいつも釈然としない。
それは物語の面白さなんかとはあんまり関係なく釈然としない。
やはり、どうしても発生するタイムパラドックスのことが主な成分の釈然としなさなんやろうとは思ってる。
なんか、無理があるよね、と。

で、考えていたのはタイムパラドックスが発生しないタイムトラベルはないのかということ。
もちろんフィクションで可なんやけど。
特に科学的である必要はないです。

はるか昔に読んだコリン・ウィルソンのSFかファンタジーか曖昧な小説の売り文句がそんなやったと思う。タイムパラドックスのないタイムトラベル、と。
クトゥルー神話を題材にした作品やったと記憶してる。
「賢者の石」やったかなあ、たぶん。
あれでは思念だけが時を渡るってのやったと思う。
見るだけの存在ってことやね。
まあそれなら。

他にないやろうか?

あくまでも科学的でなく言葉遊びの世界やけど。
ちょっと考えてたのは、時間ってのは実は「流れ」ではないのではないかもということ。
流れてるように見えるけどそうではない。
もしかしたら、過去から未来への時間(という書き方自体が「流れ」っぽいけど、表現が難しいので便宜的に)は、全部まとめて物理的な固まりなのではなかろうかということ。
一種の物質(ただしボクらには物質としては認識できない)。
一種の「生物」と考えてもいいか。
ボクらはその中にいる。
何がどうなったってその「生物」全体は特に変わらない。
ただ生物として生きているだけ。
完結している。
そんな中ではタイムパラドックスも含めてあらゆるパラドックスがないも同然。
ウィルスが入ってきて風邪くらいはひくかもしれないが存在そのものは変化しない。
どんな事件も存在をゆるがすほどではない。死を呼ぶことはあるかもしれないけど、それは存在をゆるがすようなものではないので。
好きにすればいいって世界。
それが時間という存在。
と言葉にしてもわかりにくいですね。イメージしか持ってないので。
てなことをここ数日考えてた。いや実のとこ、ここ10年ほど折に触れて考えてた。

似たような考えを誰か見つけてないかなと常々探してて、もしかしたら似てるかもというのが、カート・ヴォネガットの「スローターハウス5」という作品。
だからちょっと気になってます。
実は映画は観てるんやけど、はるか彼方昔のことで、はっきりは覚えてない。それもまだたぶん子どもやったんで「なんかヘン」って感じやった。まだ小説の方は読んでないので、そろそろ読んでもいいかな?
主人公はたぶん、自分の人生の最初から最後までをまるごと知っている。とらえている。
でもその中で常に一所懸命生きてる。どんな感覚なのかなかなかつかめないけど。

ちょっと似てるような気はやはりする。
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あーしんどかった [てちょうのよはく]

家にたどり着いた。
今のボクのアシでは自転車、連続4時間の走行が限界ってとこでしょうか。
もうちょっと鍛えとかんと行きたいとこにも行けんなあ。
ま、ボチボチとね。

服部緑地着 [てちょうのよはく]

本日の目的地、服部緑地にようやくたどり着いた。
距離的にはたいしたことないけど、なんせ道がわかりにくかったなあ。
次からは多少遠回りになってもシンプルなコースを設定しておくべき。

いちおう目的地ではあるけど、特に用事はあらへん。
来るの自体が目的やったんで。
しばらく休んだらとっとと帰ろう。

ん?考えてみると服部緑地に来るのはこれが初めてかもしれへん。以前豊中に住んでたんでなんか馴染みはあって来てたような気がしてたけど。
まあ、いいさ。
今日は来ただけで。

今、城北公園 [てちょうのよはく]

ちょつと遠出中。
とりあえず朝ごはん休憩。
ゆっくり行こうぜ。
それにしても道が複雑。
行こうとしてる方向に向いてる道がなく、方違えの連続。

靱公園「花と彫刻展」 [てちょうのよはく]

母のとこからの帰り、靱公園に寄った。
なんかイベントあったと思ったから。
「花と彫刻展」。
こぢんまりと実施中って感じ。
しばらくの間たゆたった。
こういうのんびり気分は良いです。




今朝は難波宮 [てちょうのよはく]

緑橋あたりから難波宮までの中央大通りは大阪市内でいちばんしんどい坂道かもしれへん。
ママチャリやとけっこううんざりさせられる。
新しい自転車の性能テストを兼ねてそこを登ってきた。
ことに軽めのギア比に落としたわけやないけどそこに坂があることすら意識せずに難波宮まで着いた。
自転車はやっぱり車体の軽さやで。

とりあえず朝食中。
いつもは靱公園やけど、あっちにも帰りにちょっとよってみよう。
なんかイベントやってるらしいので。
「花と彫刻展」やったかな?(あやふや)

理想の自転車(個人的に) [ 80歳で日本一周できる自転車を]

すでに新しい自転車を購入した今となってはそんなこと考えても遅いような気もするんやけど・・・
ボクにとって自転車のあるべき姿はどんなだろう?と10項目並べてみます。
  • 軽い。[軽ければ軽いほどいい。が、13kg台以内だったら特に不自由は感じない。ただ、13kgだと輪行はなかなかしんどいものがあります。]
  • ホリゾンタルフレーム。[形が好きなのと、担いで運びやすいのと。昔はよく担いで山に登ったものです。登山の愉しみではなく山越えのためですが。]
  • ランドナー。[こだわらないが、ココロはランドナーな自転車を。]
  • 小径。[20インチ以下が望ましい。単に小さいものが好きという理由ですが。]
  • ゆっくり走るための自転車にしたい。[ゆっくりだと視界が広がり走るのが愉しい。]
  • 悪路に強い。[細いタイヤでも悪路は走れるが、余裕が欲しいので許される限り太いタイヤを(でも、最近時折見かける単車みたいな極太タイヤはイヤ。ほどほどに。]
  • ドロップハンドル。[個人的にはいちばん使いやすいので。]
  • ポタリングメイン。[その気になれば一日120キロくらいは充分走れるが、おおよそ60キロくらい走ることを目安にしたマシン。]
  • 最低3段変速。[ギア比が問題になるわけだが、とりあえず目安として7段変速くらいが適当か(使うギアはそのうち1段飛ばしの4枚くらいだろうが)。それ以上の段数はもちろんかまわないが必要性はあまり感じない。]
  • 折り畳める。[ホントは折り畳み自転車は好きではないが、盗難も怖いし置き場所がないので部屋の中やベランダに置くために。]

こんなとこでしょうか。両立しにくいのもあるかと思いますが。
今回購入した自転車はある程度これをクリアしていると改めて思う。
考えが変わったらその都度変更していきます。
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ライターが来た [てちょうのよはく]

覚えのない荷物が届いた。
開けてみるとライターやった。
あ、そういえば当たってたんやった。
JTさんのキャンペーンで。
安物やろうと思ってたけどロンソンとか。
安物には違いないやろうけど、そこそこなのかも?
ロンソン・クラシックって書いてた。
ま、ありがたく使わせてもらいます。

理想の手帖 [文具]

数年前、アール・ブリュットの作品でとても琴線に触れるのを見た。
ただひたすら文字をさまざまなカタチで記述してて、それがものすごい量で、全体としては感嘆するしかない「作品」となっていた。
当人は作品を創るという感覚はなく、書くことが生きることというふうだったのだろうと思う。
みた瞬間、これが理想の手帖のありようだなあと思った。
なんとか近づけたいと思うのだけど凡人たるボクにはとても難しい。真似ようとすると作為的になって美しさなんてカケラもなくなってしまうし。

以前はアウトサイダー・アートとか言ってたと思いますが、今はあまり聞かなくなりました。
ちなみにアール・ブリュットって「生の芸術」って訳すみたいで、これといって芸術の教育を受けてない人のアートってことのようで、障害のある人の芸術ってわけでもないんですね。
アンリ・ルソーなんかもそういうことになるんでしょうか。ボクにだって資格はあるわけや。

てなことを書いてるうちに、以前にも同じようなことを書いた記憶が・・・
このブログ内を検索してみたら戸來貴規さんのことを書いたのがありました。上の理想の手帖はこの方の作品のことだったようですね。
個人的によっぽど印象が強かったんでしょう。

2009年に書いたものやったんでもう6年たつわけか。結局カケラもマネできてへんし、ボクには無理なんでしょう。

まず、徹底できてない。
それから、他者に(あるいは後の自分に)伝わらなアカンという先入観念から離れられへん。要は文字というものの機能を捨てきれてへん。
数日前に書いた手帖の発想のもとはコレやったんかと今気づいた。

形だけは少しマネたわけなんやなあ。

せめてありようだけでも近寄りたいもんです。
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自転車のパーツ等購入予定 [自転車]

a.n.design works「CDR214AL」に乗って一週間ほど。
どういう改造(というほど大層なもんでもないけど)をしようか概ねプランが固まってきました。

まずは夜も走れるように前と後ろのライトですね。
この辺で充分かな。
これで好きな夜のお散歩も大丈夫。







その次は、自転車のイメージに合ってないペダルを交換したい。とりあえずは安物でいいです。
色はシルバーが車体の統一感としてはいいでしょうか。




空気圧がわかる空気入れも一本持っておきたいところ。これも安物で可。




ここまでは無条件です。年内くらいには揃えときましょう。
ブレーキは交換が必要だろうと思っていましたが予想よりもちゃんとしてたので、具合が悪くなるまではこのままでいきましょう。

ここからは条件付き。
全体に好調なので、基本的には調子が悪くなったら交換するという感じで。

まずワイヤーは半年くらいで調整が必要になるでしょう。そのときついでにワイヤーまわりもいじってみましょう。
補助ブレーキレバーはあった方が快適なので取り付けましょう。
40年前の補助ブレーキレバーといえば、主ブレーキレバーのストロークを犠牲にして、開く部分に補助の端っこをかませて、主ブレーキレバーを補助ブレーキレバーで操作する感じのものでしたが、今のは少々構造が異なるようですね。今の方がカッコいいですが、いまいち構造がわかってないので、若干不安です。ま、現物を買ってから観察して、必要そうなものがあれば揃えましょう。
ケーブル長が足りなくなるかもしれないので、その場合はケーブルも。本末転倒ですね。
正月休みあたりに作業するのがいいかもしれませんね。




そのときバーテープも交換しましょう。車体色がダークグリーンなのでバーテープも緑系で。モノトーンが好きなので緑と銀(ないしは白)で統一したいと思います。なので、白の方がアクセントにはなるかもしれませんが、白は汚れが目立つので。




当面、この辺が大きい改造(部品の付け替え)になるでしょう。

あとはだいたい2年ほど走ったら6000キロくらいになると思われるので、そろそろチェーンの交換時期ですね。まあ、切れるか不調になるまで待っててもいいのですが、この場合こちらの寿命の方が先に来るかもしれませんね。
その頃ボトムブラケットまわりもガタがきてると思われるのでオーバーホールと必要なら部品の交換をしましょう。
この辺は今はまだどれにするかとか考えてはいません。
チェーンは30年ほど前ステンレスのを使ったことがあって、結果としては強度的にも問題なかったので今でもあるならそういうのでもいいかも。多少ほっといても錆びないということで。

それ以外の小物や消耗品は随時取り付けたり交換したりすることになるでしょう。
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来年の手帖がやってきた [てちょうのよはく]

数日前に他のことのついでに注文していた手帖が届きました。
今年はどれにしようかなあと思ってましたが、初めて筑摩書房の「文庫手帳」にしました。



いちおう書店で中身を見て、これでいいかなと。価格的にもお手頃ですし。
ごくノーマルな手帖です。
・カレンダー(2016年のは最初にあって、2015年と2017年のが最後にある)
・年間計画書
・カレンダータイプの月刊予定表
・日付ごとの日記(予定表にしてももちろん可)
・アドレス帳(妙に量が多いです。毎年書き直すことになるのでこんなにいらないような気もします)
・メモ帳(これは逆に量が少ないですね。まあよっぽどのことがないかぎり使わないようにすればいい)
・年齢早見表
・パーソナルデータの記入欄
・赤と青のひもしおりが2本(今暗いとこで見てるので青じゃなく緑かも?)

で構成されています。
仕様としては充分かと。
何よりの特長は安野光雅さんの絵が表紙・口絵含めて4枚入っていることでしょうか。案外こういうのが心地よいかもしれません。

これは完全にプライベート用です。おしごとの記述は一行も入らないでしょう。
おしごと用には自作の予定表&実行表を使います。と言っても5ミリ方眼の手帳に日付と曜日を入れただけのものですけど。

日記について
中学2年のときから今(58歳)までずっと日記は書き続けています。
その中におしごとの記述は一行もありません。
なので、ボクの日記帳を読んでもどんな会社でどんなおしごとをしてるのかは絶対にわからないです。
なんかいっしょくたにする気になれないんで。
そうですねえ、おしごとの自分とプライベートの自分は全く異なる人格・キャラクタだからでしょう。
個人的な知人が仕事中のボクを見たら別人?と思うでしょうね。自分の中でも使い分けてます。
いっしょの手帳に書いてしまうと気分的に整合性が取れないというか。
ちなみに「手帖」と書くとプライベート用で、「手帳」と書くとおしごと用という使い分けもしてます。
「帖」の方が好きな字なのでプライベート用。
もっとも、プライベートの日記帖にもこれを書いているのが誰であるかわかる記述は一行も入れないようにしてます。星新一さんのキャラクタみたいに「M氏」「N氏」なんて感じで自分自身の記号化をしたいということなのかもしれません。

使ってきた日記帖
長いこと書いてきたので、それはいろんなタイプのものを使いました。
日記帳として売られているものから、大学ノート、手帖、ただの紙、半紙に筆ペンで、情報カード(名刺サイズから5×3あたりまで)、ルーズリーフ、システム手帖などなど。最近では「ほぼ日手帳」なんかも使いました。
いちばん多かったのはキャンパスノートのB5判でなるべく紙が多くて罫線の細いものですね。
次はDAIGOというメーカーのHandyPickという手帖。5年くらい使った後、行動範囲内で入手しにくくなったのでやめて他の何かを使ってましたが、ここ4年ほど再度入手しやすくなったので使ってました。見開き一週間のリフィルで左ページに予定、右ページに日録をという使い方をしてました。
で、今年は文庫手帳。なんか感じがいいのでずっとこれにしとけばよかったという気もします。

ペンについて
書いてきたペンは、それこそ忘れるほどあります。
元々文具好きなので、いろんなペンを使ってみたくなるのですが、普通に暮らしてるとボールペンとシャープペンが一本ずつあればだいたい事足りてしまいます。日記を書いていると何を買っても元を取れるくらいは使うことになるので都合が良かったです。自分に対するいいわけの。「うん、ちゃんと使うことあるからな、買ってもいいよね」と。
いっとき(3年ほど前までの10年ほど)は万年筆にこってましたが、最近はボールペンにこってます。

書く内容について
書く内容はもちろん身辺雑記が中心ですが、いろんなこともやってきました。
ある時期はまったくのフィクションを書いてみたり、ある1年は日付を入れず一続きの文章みたいにしてみたり。詩のような形式で書くのは4年ほど続けました。ある年は俳句と短歌っぽい形にして書いてみました。一日を3項目だけで書いた年や、10項目8項目という年もありました。「いいこと探し」だけやった年もありました。その名残は今も少しあります。毎日をイベントと考えて書いた年もありました。日記というより毎日異なるテーマのエッセイないしは批評のようにしてみたり(これはなかなかしんどかったです)。
手帖に書くときは量が書けないので、それで充分だと思える書き方が必要ですね。俳句・短歌・4行詩などの短詩系や簡単なエッセイのあらすじ系が向きそうです。文具類の4行批評なんてのもいいかもしれません。単純な記録はカレンダーの方で行い。
なんか変わったことやらないと書くことって日々同じような内容になってしまうんですよねえ。
あと、イラストというかカットのようなものは毎日なるべくひとつは書くようにしてます。すごく簡単なものでいいので。

デジタル化について
20年ほど前パソコンとテキストエディタで書いてた時期もありました。
たしかに便利でした。
でも、あるときふと思ったのです。
「なんか、愉しくない」
と。
で、手書きに戻しました。
日記を書くことが目的だったのではなく、どうやら文字を手で書いてることが目的だったようだと気づいた一瞬でした。
そう、文字を書いてることが愉しみなのでした。書くことイコール生きることなのかもしれません。
ポメラでとか思うことはときおりありますが、やはり手書きはやめられません。

保存について
今回の文庫手帳はずっとこれを使って残していったらとても心地良さそうです。
でも、ボクは長年日記書いてますが、まったく残してないのです。
早ければ1年過ぎた頃に捨てます。
「なんのために書いてんの」と言われたこともありますが、書くこと自体が目的なのでそれでいいのです。
惜しかったかもとか、残念だったとか思ったことはないです。
ただ、捨てるときにはいちど読み返してみて、「我ながらけっこうええこと書いてんなあ」と思えるような記述があったら、別に抜き書きしてます。今このブログの「事典」のカテゴリに入れようと作業中のような内容が多いでしょうか。
でも、ここしばらく怠けててちょっとたまってきてます。調べたら古いのは2003年分でしたから12年たまってることになりますね。早いとこ捨てないと・・・チェックが気が重いです。

さて、来年はどんなことを書いていくでしょうか。
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自転車に乗って [自転車]

ふぅ・・・
帰ってきた。
今日はかなり安定した走りができたと思います。
30年ぶりのスポーツサイクルやったんで、なんやかやと不安定やったかな。
気づいてなかったけど緊張もしてたみたいやなあ。
今日はリラックスできてた。
肩に力が入ってなかったし、鼻歌が自然に出てた。
やっと、昔の感覚を取り戻せてきたゆうとこかしら。

歩道を走るときは後ギア7段の真ん中(ギアの歯数まだ数えてない)、あるいはもっと軽く5段目でええかもしれへん。
今日は重い方から3段目で特に走りにくくはなかったけど、歩道ではだいたい6キロか速くても8キロ以内で走ることにしてんので3段目やとちゃんと回せず、カシンとちょっと当てては惰性・・・ってのを繰り返してたから。
自転車の安定性は2つの車輪と、クランクの3つの回転で作ってるんやろうし小径はそうでなくともちょっと不利なんで、クランクはちゃんと回せる軽さにしとくべきやろうとは思う。

それにしても(大阪の?)自転車マナー(&交通法規の守り方)は悪いなあと、自分も自転車で走ってると実感できます。
けっこう疲れの原因になります。
この人は近くを走ってても大丈夫と思える人と、近寄りたくない人、あるいは遠くにいても注意しとかなアカン人とかをチェックしながら走らないと怖いです。
計ってみるとだいたいボクは3秒後の世界をイメージしながら走ってるみたいですが、マナーの悪い人はそれから外れてしまうので。
マナーがいいから技術的にいいとは限りませんが、技術のレベルが上がるほど交通マナーがよくなっていくというのは確実かと。
ヘタでもマナーのいい人の方が、多少うまくコントロールできるけどマナーは悪いという人よりは安心して一緒に走れますね。

総じて言えば、交通マナーもテクニックのひとつなんだろうと思います。だからマナーが悪いってのはそれだけでヘタな人ってことになるんでしょう。
人のことを言えるのか!?ってことになると、まあ大丈夫と返事できるとは思ってますが、他の人から見たら「こいつの近くには寄りたくない」と思われてたりしてね。
ただ「こいつトロトロ走りすぎ。ジャマ!!」とは確実に思われてるような気がします。それは昔からたぶん同じ。

解約しようと思うネットサービス本日分 [パソコン・ネット]

@Wikiは長らく使ってきたけど、広告が大きすぎるなあ。短い文だとどこに本文があるかわからなくなるくらい。
自分だけが書き込めるタイプのWikiをひとつは持っていたいけど、しかたない。
ということで、解約しました。
代わりのWikiは・・・手持ちのアカウントの中ではFC2がよさそう?

Facebookは解約しました。時代の趨勢には外れますが思い切りも必要かと。どうしても必要になったらまた始めればいいかなと。
それがなかなかめんどかった。解約できる場所までたどり着くのがたいへん。「設定」-「ヘルプ」に流れて、ヘルプの中に解約への道が隠されてた。

FC2はアカウントを4つほど持ってたのだけど、すでに2つは解約してるもよう。
とりあえずもう一つ削除して、ひとつだけ今のところは残しとく。
上記Wikiのこともあるので。
・・・ひとつ削除しました。

そろそろガンカモたちが [てちょうのよはく]

鶴見緑地にやってきたら池にもうガンカモ系の水鳥たちが来てました。

もうそんな季節なんやなあ。

そして冬が来て、
また北帰行の時期が来て、
行ったり来たりしながら、
少しずつ
一方通行の道を行くんやなあ。